Cool Earth コラム

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微生物を活用してN₂Oを無害化する

東京大学 大学院農学生命科学研究科 教授
妹尾啓史
土壌微生物と物質循環、気候変動

地球上の生物は共生や寄生などさまざまな相互関係を持っていることが知られている。地球誕生後、先祖となる微生物が生まれ、激しい環境の変化に適応するために微生物の共生で微生物の多様性が発達し、さらに環境に適応のできた微生物が現在の地球上に棲息している。地球の生物圏、特に土壌圏・水圏では、環境と生物の相互作用によって水、炭素、窒素など生物の生命維持と活動に重要な物質(元素)が循環している。人間の活動は地球規模での生態系の物質循環に影響を与え、環境問題を引き起こすこともある。
 地球規模での気候変動の深刻化にともない、食料生産の観点だけでなく物質循環の面からも土壌の機能が注目されている。例えば、近代農業では食糧生産性を向上させるために多量の窒素肥料を利用している。多量の窒素肥料を施用することにより農耕地土壌から温室効果ガスの一つである一酸化二窒素(N₂O)ガスが発生し、さらに土壌に残った窒素肥料が硝酸に変化して流出し、地下水などを汚染する。硝化と脱窒の過程でN₂Oが生成するが、いずれも微生物反応による。

土壌微生物は物質循環を動かし、気候変動に関わっている

土壌に生息する微生物(細菌、古細菌、真菌)は、土壌中の物質循環や環境調整の担い手であり、植物への栄養供給などにも関わっている。土壌微生物群集の活動が、植物の生育・成長と土壌生態系機能を結びつけている。微生物が温室効果ガスの発生と消費を含め、どのように気候変動に影響を与えているのか?を知るため、土壌機能と物質循環を結びつける土壌微生物の研究に取り組んでいる。

植物体内に共生する微生物を活用してN₂Oを無害化する

土壌中には多種多様なN₂O無害化微生物が存在するが、土壌環境では酸素分圧、栄養供給、pHなどのN₂O無害化反応に影響する環境条件が目まぐるしく変動する。また、土壌には団粒構造が存在し、団粒構造内外の多様な微小環境の変化を正確にとらえることは困難である。さらに土壌が異なれば、マクロな環境条件も大きく異なる。

一方、植物体内は土壌環境と比較すると、植物の種類ごとに特異的で安定的な環境と言えるだろう。もっとも特異的な環境としてはマメ科植物の根粒内環境が挙げられる。根粒内は窒素固定酵素であるニトロゲナーゼを酸素から守るため、酸素分圧が一定であり、光合成産物が特異的な形に変換され栄養源として内生菌に供給される。このような植物体内にN₂O無害化能力の高い微生物を安定的に感染させれば、その能力を最大限に活用できるのではないかと考えている。広く栽培されている作物を対象にすることで、農業生態系からの効率的なN₂O無害化が期待できる。

飼料作物の一つであるレッドクローバー(北海道農業研究センター提供)

ダイズ根粒菌にはN₂O無害化能力を持つ菌株が知られており、その効率的利用が望まれている。しかし、根粒菌には厳密な宿主特異性があるため、根粒形成が可能な作物は限定される。また、ダイズ以外のマメ科作物の根粒菌にはN₂O無害化能力が報告されていないものがある。飼料作物であるレッドクローバーの根粒菌もその一例である。そこで、根粒菌以外の植物内生菌、特に根粒内生菌のN₂O無害化能力に期待している。根粒の内部に根粒菌以外の細菌が共存する可能性が、根粒菌が発見された1880年代当時から報告されている。しかし、それらの共存菌を純粋分離しマメ科植物に接種しても、単独では感染能力を発揮しないため、コンタミネーションとの区別が難しく、その実態はほとんど解明されていないのが現状である。私たちは、最新の分子生物学的知見や微生物叢解析の手法を駆使してこれらの菌の多様性や感染の実態を明らかにし、N₂O無害化微生物として利用可能にすることを目指している