Cool Earth コラム

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「根粒共生」の実像と可能性~化学肥料からの脱却と温暖化ガス削減に向けた研究アプローチ

農業・食品産業技術総合研究機構
今泉(安楽)温子
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私たちが研究対象とするのは、私たちの食料となる「ダイズ」であり、それを育む「畑」です。「ダイズ」として皆さんが思い浮かべるのは、節分の鬼退治にまく大豆や枝豆などダイズの「種子」の部分ではないでしょうか(図1)。ダイズは、夏には「枝豆」として食卓を彩るとともに、季節を問わず、「豆腐」「納豆」「大豆油」「味噌」「醤油」など様々な形で、私たち日本人の食卓をささえる大切な作物です。世界規模で見ると、ダイズの生産量は年間約3.5億トンに達し、アメリカ、ブラジル、アルゼンチンの3国が世界生産量の約8割のダイズを生産しています。「畑の肉」とも称されるダイズは、食肉に匹敵する高いタンパク質を含み、近年の健康志向も相まって、重要作物として注目されています。

図1
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食用となる「種子」としてのダイズについて説明してきましたが、私たちが研究しているのは、土に隠れている「根」の部分です。土壌中に張り巡らされた根は、ダイズ自身を支える土台となるとともに、ダイズ自身の生長に不可欠な水分や栄養を土壌から吸収しています。土壌中には、多種多様な微生物が存在します。植物の根が放出する様々な物質に誘引されて、微生物は植物の根の周囲に集まり、「根圏」と呼ばれる独特な環境を作り出します。この環境の中で、植物の根の内部に微生物が共生する「植物共生」が営まれています。ダイズの根で営まれる代表的な植物共生として「根粒共生」が挙げられます。土壌細菌の一種である「根粒菌」は、ダイズの根が放出するフラボノイドを探知すると、感染シグナル分子であるNod factorを分泌します。Nod factorを感知したダイズの根毛細胞は根粒菌を包み込むように屈曲し、根粒菌の感染ルートとなる「感染糸」という構造を根毛の内部に形成します(図2a)。根粒菌が感染糸を経由してダイズの根に侵入するのと同時に、根の皮層細胞の分裂始まり、やがて「根粒」と呼ばれる丸いこぶ状の器官が形成され、根粒菌はこの根粒内部に共生し(図2b,c)、「バクテロイド」と呼ばれる特殊な形態に変化し、ダイズが光合成によって固定した炭素源(光合成産物)をエネルギー源として、空気中の窒素を固定してアンモニアに変換する「窒素固定」反応を行います。根粒菌を接種したダイズが旺盛に生育するのに対し(図2d,f,h)、非接種ダイズの生育は悪いことから(図2e,g)、窒素固定によるアンモニア獲得が、植物の生長に与えるインパクトを見ることができます。

図2
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図3
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窒素は、生物の生命活動を支えるDNA、RNA、タンパク質を構成する重要な元素です。地球上において、窒素は窒素分子(N₂)として、大気中に潤沢に存在します。しかし、この窒素分子は2つの窒素原子が三重結合による強固に安定化しているため、窒素分子を直接利用できる動植物は存在しません。窒素分子の三重結合を切断し、アンモニアに変換できる能力は、「ニトロゲナーゼ」という酵素をもつ一部の細菌に限定されています。根粒菌は、土壌中で単独生活している際には、窒素固定することはありませんが、ダイズを含むマメ科植物と共生し、根粒内部でバクテロイド化することで、ニトロゲナーゼを発現し窒素固定反応を行います。根粒菌と共生し、根粒を着生することで、マメ科植物は空気中の窒素を栄養として取込み、生育することが出来るのです(図3)。 ダイズ種子は、人類にとって重要なタンパク質と植物油の供給源です。ダイズの窒素要求量は高く、ダイズ1トンあたり80kgの窒素を吸収する必要があります。この窒素の平均50~60%、最大で90%が、ダイズ根粒菌であるBradyrhizobium japonicumを中心とする根粒菌による共生窒素固定により供給されています。例えば、木綿豆腐1丁(300g)について計算してみましょう。豆腐の9割近くの約260gは水分ですが、残り1割の約40gの中に窒素3.3gが含まれています。このうち約2g(1.8〜3.2g)は、根粒共生により固定された窒素に由来しています(表1)。私達が日常生活において「根粒共生」の恩恵を受けていることがよくわかります1)2)3)

図3
表1
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図4
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1970年代からの地球上における人口爆発を支えたのは「緑の革命」と呼ばれる農業システムの変革でした。「緑の革命」は、「多収量品種の育種」と「化学肥料の施肥による集約的農業システム」を両輪とし、21世紀までの人口増大を支える食糧増産を担ってきました。その一方で、天然ガスを原料としたハーバーボッシュ法により化学合成された窒素肥料の畑への大量投入は、作物が吸収しきれない窒素肥料の流出による環境汚染、及び、温暖化ガスである一酸化二窒素(N₂O)の放出につながっており、N₂Oガスの約6割は、農業活動に起因していることが知られています(図4)。

表1
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図4
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土壌中には、N₂Oを還元してN₂に無害化する能力を持つ微生物が存在し、この微生物の能力を活用することにより、N₂Oガスを無害化できないかというアイディアが生まれました。2013年、本プロジェクトPMの南澤グループは、N₂O還元活性を持つダイズ根粒菌B. diazoefficiensのダイズへの接種により、圃場におけるN₂O無害化に世界で初めて成功しました。 この成果は、N₂O還元活性根粒菌と共生するダイズ栽培系が、
(1)共生窒素固定による化学肥料に依存しない作物栽培
(2)農耕地で発生するN₂Oの無害化
の両面で、地球環境への負荷を低減する持続的作物栽培への可能性を具体的に示したのです4)

先に述べたように、土壌中には、多種多様な微生物が存在します。実際に、有用なN₂O還元活性根粒菌を接種しても、ダイズに着生する根粒の約8割は、N₂O還元活性を持たない土着根粒菌に占められてしまいます。これは、土着根粒菌の感染能力が、接種した有用根粒菌を凌駕しているためと考えられます。従って、有用根粒菌のN₂O無害化能力を最大化するためには、有用根粒菌の感染優占率を向上させる技術開発が必要となります。

根粒菌の感染能力は、根粒菌と宿主植物の間の「親和性」に基づいています。この親和性(共生不和合性)は、根粒菌・ダイズ双方の遺伝子によって規定されます。現在、共生不和合性遺伝子として同定されているのは、ダイズへの感染時に根粒菌が放出するエフェクタータンパク質と、そのタンパク質を認識するダイズ遺伝子群5)ですが、まだ同定されていない「共生不和合性遺伝子」が多数存在すると考えられています。

図5
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このような「共生不和合性遺伝子」を探しだし、これらの組合せを「最適化」することで、有用根粒菌との親和性が高いダイズ品種を育種できれば、有用根粒菌が優占的に共生し、共生窒素固定とN₂O無害化を両立するダイズ・根粒共生系を構築することができるのではないでしょうか。その実現に向け、私たちは、日本各地の土壌から高いN₂O還元活性を持つ根粒菌を網羅的に探索するとともに、国内外由来のダイズ系統の根粒共生能力を解析することで、根粒菌とダイズの「親和性」を規定する未知の遺伝子群の探索を進めています。多種多様なダイズ根粒菌やダイズ品種が保有する共生能力を見いだし、活用することで、環境負荷を低減した持続可能な農業生産システムの構築に資する研究を進めたいと思っています。

図5
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【図版説明】
図1:登熟期に入ったダイズの莢
図2:
  1. 根粒菌がダイズに感染する初期過程概要図
  2. 根粒切片の光学顕微鏡観察像。根粒菌が共生する感染細胞は濃青色に染色される。
  3. 根粒切片観察像。感染細胞領域はきれいなピンク色をしている。
  4. 根粒菌を接種して栽培したダイズ植物体。濃緑色の葉を付け、旺盛に生長している。
  5. 根粒菌を接種せずに栽培したダイズ植物体。葉の色は薄く、生長も悪い。
  6. 根粒菌を接種して栽培したダイズの根。多数の根粒が着生している。
  7. 根粒菌を接種せずに栽培したダイズの根。
  8. 根粒着生部位の拡大写真。ピンク色のこぶ上の根粒が着生している。
図3:窒素分子を構成する窒素原子間の三重結合を切断するには、多大なエネルギーが必要となる。根粒菌は、宿主植物から提供される光合成産物から得られるエネルギーを元手に、ニトロゲナーゼにより窒素分子をアンモニアに変換する能力を持つ。
表1:木綿豆腐一丁(300g)に含まれる全窒素量と、それに占める共生窒素固定由来の窒素量。
図4:温暖化ガスであるN₂Oの発生起源。
図5:温暖化ガスであるN₂Oを還元し窒素に無害化するnos+根粒菌の発見により、ダイズ収穫期の圃場から放出されるN₂Oの50%削減に成功した研究の概略図。
【引用文献】
  1. Carciochi, Walter D et al. (2019) Soybean yield, biological N₂ fixation and seed composition responses to additional inoculation in the United States. Scientific reports 9: 19908
  2. 藤原しのぶ、佐々木弘子、菅原龍幸(2010)マメ類およびダイズ製品の窒素-タンパク質換算係数について。日本食生活学会誌/21: 60-66
  3. 八訂 日本食品標準成分表2020年版(文部科学省)
  4. Itakura M et al. (2013) Mitigation of nitrous oxide emissions from soils by Bradyrhizobium japonicum inoculation. Nature Climate Change 3, 208–212
  5. Jiménez-Guerrero, Irene et al. (2021) One door closes, another opens: when nodulation impairment with natural hosts extends rhizobial host-range. Environmental microbiology 23: 1837-1841