なぜ黒ボク土?それを支えるマトリョーシカ的構造とは?
農業や地理に興味のある人なら「黒ボク土」という名前を聞いたことがあるかもしれません。読んで字のごとく「黒く」て「ほくほく(ふわふわ)」しています(図1)。黒いのは有機物(つまり有機炭素)を多く含むから。ほくほくしているのは、土の塊の多くは隙間だらけ(多孔質)で軽いからです。
黒ボク土(国際的な正式名称はAndosol/Andisol)は、火山灰などの火山噴出物の風化からできた土壌で世界の土壌の0.5%しか占めませんが、日本の森林・農耕地面積の約半分を占めます。ムーンショットプロジェクトで私たちが注目する土壌の1つはこの黒ボク土です。その理由は3つあります。
理由①: 黒ボク土は、強力な温室効果ガスである一酸化に窒素(N₂O)を出しにくいため、そのメカニズムの解明は、N₂O無害化技術の開発に重要だからです。では、同じように窒素肥料を入れて農業をしていても黒ボク土から発生するN₂Oガスが少ないのはなぜでしょうか?その原因は、N₂Oを出す土壌微生物(主に脱窒菌)が少ない、あるいは結構いるけれど活発に活動できない、あるいはN₂OをN₂に還元(無害化)するタイプの脱窒菌も多いという可能性が考えられます。課題I-1チームでは、この点について、微生物菌叢解析や同位体トレーサー法という起源の違う窒素を見分ける先端的な手法を使って、明らかにしていく予定です。
理由②:黒ボク土は、その物理的な構造からもN₂Oを出しにくいからです。黒ボク土は通気性が良く、酸素がよく行きわたるため、嫌気的な環境に生息する脱窒菌の活動が抑えられると考えられます。通気性が良いのは、上述の通り、土が「ほくほく」だから。土壌学的に言い換えると、黒ボク土では「団粒(aggregate)」と呼ばれる多孔質構造がよく発達しているからです(参考文献1)。
黒ボク土(特に、堆肥など有機物を入れている場合)の表層には、図1(右)のような数cmサイズの大きな団粒が多数見られ、そこには数㎜径の根やミミズの作った穴も観察できます。このような団粒を崩すと、その大部分は多数の小さな団粒からできていることが分かります。入れ子人形のマトリョーシカのようですね。これら大小の団粒の重要な特徴の1つは、その外側と内側がサブミクロからミリメートルサイズの無数の間隙(ポア)で繋がっていることです。これはポアネットワークと呼ばれ、これによって土壌はスポンジのように通気も通水も良好に保たれているのです。近年の分析技術の進展から、団粒一粒のポアネットワークや内部に局在する有機炭素の部位を可視化・定量することが可能になり(図2)、本プロジェクトでも有効な武器になります。
理由③:黒ボク土は、団粒構造と炭素・窒素を代謝する微生物群集の働きの関係を解明するのに最適な土壌だからです。団粒はしばし建築物に例えられますが、その主な建材ブロックはミクロサイズの鉱物粒子です。しかし、鉱物粒子だけですぐにバラバラになってしまうため、これらを繋ぐ「接着剤」が重要になります。大きな団粒の形成に重要な接着剤は、植物や微生物由来の有機物です。実際に堆肥を入れ続けるとマクロ団粒が増えます。しかし、有機物は微生物のエサでもあり、分解されやすいものです。そこで長期的な接着剤として、特に小さな団粒構造の維持に重要なのが、有機無機複合体です。これは分解途中で生じる微生物の死骸や代謝物、あるいは分解を免れた植物遺体の一部が微細な鉱物などの無機成分と化学結合したものの総称で、土壌中の腐植の大部分はこの様な形で存在しています。
なぜ黒ボク土は世界の土壌タイプの中で最も堅牢で多孔質な団粒構造を持つのでしょうか?それは、黒ボク土には、有機無機複合体の中でも特に有機物と強く結合しやすい(火山灰由来の)非晶質鉱物やアルミニウムを主成分とする数ミクロン以下の超微細で強固な複合体が多く含まれ、これが団粒構造の接着剤として働いているからです(図3,文献3)。アロフェン質黒ボク土の堅牢な団粒を分散させるには、通常の土壌の分散に比べて5~10倍以上の超音波エネルギーが必要であり、バラバラになった粒子を分離して調べたところ、何と2μm以下の粒子も実は、有機物と超微細鉱物の集合体でした(図3a, b)。目くるめくマトリョーシカ的世界ですが(専門的には団粒階層性)、これらの知見は、土壌微生物の多様性がどうやって維持されるか、窒素代謝など微生物の駆動する物質循環がどの様に機能しているかを解明するための重要なカギとなるはずです。