Cool Earth コラム

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生物種間の相互作用と土壌生態系

京都大学生態学研究センター
東樹宏和
 陸上植物の一生は、土の中からはじまり、やがて土に還っていくことで終わりを迎えます。私たち人類が、地上を生活の場とする種であることから、植物を観察する際も、茎や葉といった地上部につい目を向けてしまいがちです。しかし、植物からしてみれば、芽を出す前にまず根を張り、地下部で成長の土台を作る必要があります。この段階で、寄生性・植食性の生物種に攻撃されてしまえば、ひとたまりもありません。逆に、発根してすぐに、用心棒となったり、養分供給のパイプラインを提供してくれたりする共生者と出会うことができれば、その後の生存に大きな後押しとなるでしょう。
 近年、植物の根をとりまく無数の細菌(バクテリア類)や真菌(かび・きのこ類)の膨大な多様性が明らかにされるとともに、その驚くべき多面的な機能が認識されるようになってきました。それぞれに固有のゲノム配列をもつ膨大な種が地下の生態系を形作っていますので、そのシステムを解明するのは非常に挑戦的な科学的課題です。しかし、この土壌生態系の構造と動態を明らかにしていくことで、持続可能な農業の実現や、温室効果ガスの削減。・吸収に関して、かけがえのない知見がもたらされます。
 本プロジェクトでは、土壌生態系内の生物群集の構造を膨大なデータを得ながら解明していくとともに、生態系内における生物間の相互作用を俯瞰します。その上で、持続可能な農業生態系の管理と、農地からの温室効果ガスの削減を実現する生物群集の基本構造を設計することを目指しています。
 
生物間の関係性ネットワーク
 地球上の生物は、みなDNAを持っています。土壌中には、細菌・真菌類を始めとして、無数の生物種が生息していますが、このDNAを大量に検出・分析する技術を用いることによって、生態系内の種構成を知ることが可能になってきました。
 こうしたDNA分析を、数百・数千といった数の土壌サンプルや植物根サンプルを採集して実施すると、どの生物種とどの生物種がよく共存・共生しやすいのか、といった関係性を明らかにしていくことができます。そうしたデータを、ネットワーク科学や理論生態学といった研究分野の手法を融合して解析していくことで、生態系内のどの生物種が特に重要な役割を担っているのか、解明していくことができます。
日本列島各地から採取した植物根をDNA分析して得られた、150種の植物と8080の真菌系統の共生ネッワーク構造。Toju et al. (2018) Microbiomeより。
 さらに、こうした鍵となる種を組み合わせていくことで、機能が高く、安定的に管理できる種の組み合わせを探っていくことも可能であると考えられます。例えば、植物に特定の微生物種や、微生物種のセットを予め感染させておくことで、植物自体のゲノムを改変することなく、病気や環境ストレスに強い植物体を作ることができると期待されます。
植物に共生する「コア微生物」を見出し、その最適な組み合わせを設計する。Toju et al. (2018) Nature Plantsより。
「最高の土」は多様な生物の連携プレーで生まれる
 これまで、本研究グループでは、主に植物とその共生微生物たちの関係性を軸として、持続的な農業生態系を実装する技術の開発を進めてきました。しかし、細菌や真菌といった微生物たちだけでは、物理性・化学性・生物性を高いレベルで兼ね備えた土を作るのは非常に困難です。
 最高の団粒構造を持ち、植物の生育を促進し、病害を抑制する土壌が出来上がる過程には、実は、ミミズやトビムシ、ダニ、線虫、その他、無数の土壌動物たちが欠かせないのです。さまざまな動物たちの糞が団粒を形成し、その団粒が真菌の菌糸によってつながれることによって、通気性・保水性とともに、養分供給パイプライン機能を持つ土壌が形成されます。
 
 
 森林で植物根が密集する層から採取したサンプル。土壌動物の糞が団粒となり、その団粒を真菌の菌糸が結んでいる。この菌糸は、植物根にも繋がり、養分を供給するパイプラインとしての機能を果たしている。
 こうした生物たちそれぞれに専門の研究分野があり、一人の研究者や研究グループが土壌団粒形成の連携プレーを追跡することはこれまでなかなかできませんでした。しかし、ゲノム情報や各種のデータ分析技術が発展した現在であれば、土壌が生成されていく過程を多角的に分析し、生態系というレベルで持続可能な農業に関する技術を開発していくことが可能だと私たちは考えています。挑戦的な課題ですが、それだけに、科学的発見に興奮し、地球生態系の未来に思いを馳せる毎日は、とても新鮮です。