水田は世界人口の約半数に主食のコメを提供する一方、CO₂に次ぐ温室効果ガスであるCH₄の主要な排出源の1つでもあります。課題⒋ではCH₄の80%排出削減目指し、嫌気的な土壌中で生成されるCH₄をCO₂に無害化(CO₂へ酸化)する革新的な技術を開発します。具体的には①イネ根圏を従来よりも酸化的にすることで、根圏土壌中のCH₄酸化菌の働きを最大化させる「イネの改変技術」を開発します。さらに、②イネ体内部に棲息する「CH₄酸化窒素固定菌の働きを最大化させる技術」を確立し、CH₄の無害化と窒素固定エネルギー源としての資源化を同時に実現します。

水田は主要なCH₄排出源の一つであり、コメの生産を犠牲にすることなくCH₄排出量を大幅に削減する手法を開発することは喫緊の課題です。酸素が乏しい環境で有機物が嫌気的に分解されると、CH₄が生成されます。有機物(ワラなど)が豊富に存在し、田面水の存在によって大気からの酸素の供給が絶たれる田んぼの土の中は、まさに嫌気的な有機物分解に適しており、微生物によるCH₄生成が盛んに生じています。その結果、現在の水田ではイネの光合成によって作られた有機物の3-7%がCH₄に変換され大気へ排出されます。この割合は小さいように見えるかもしれませんが、CH₄はCO₂と比べて地球を暖める温室効果が非常に大きいため(100年スケールで28-36倍)、水田は大きな温暖化促進効果を持っています。
水田からのCH₄排出量は、CH₄生成とCH₄分解との差し引きで決まります。田んぼは基本的に嫌気的ですが、イネは酸素の乏しいドロの中で根を張って成長するために、大気中の酸素を地下部に運搬する通気組織を発達させています。そのため、生きているイネ根の周辺(根圏と呼ばれます)は酸化的状態となっていて、そこには、CH₄を酸化することでエネルギーを得ている微生物(CH₄酸化菌)が活動しています。
本ムーンショットプロジェクトで、私たちはCH₄の生成を抑えるだけでなく、根圏にいるCH₄酸化菌の働きを活性化し、生成されたCH₄をCO₂に酸化分解する技術を開発します。水田の有機物は元々大気中のCO₂が固定されたものなので、CH₄をCO₂にすることで、正味の温暖化効果はゼロとなります(カーボンニュートラル)。
課題IV-1では、イネ根圏土壌中のCH₄酸化を促進する手法を開発します。ここでは主に根圏の酸化還元環境を決定づけるイネに焦点を当て、イネの地下部への酸素運搬能力を遺伝的に高める技術開発などを推進します。根圏土壌を酸化的にすることでCH₄酸化菌の働きを最大化し、大気へのCH₄排出量を削減します。開発した技術によって現在栽培されている主要なイネ品種を低CH₄化します。
課題IV-2では、イネ体内部に生息する微生物の力によってCH₄酸化と窒素固定の同時促進を実現します。これまでの東北大チームの研究により、土壌だけでなくイネ体内部にもCH₄酸化菌が生息していること、さらにその菌は大気中の窒素をイネが利用できる形に還元する能力(窒素固定能)を持つことが分かっています。本プロジェクトでCH₄酸化窒素固定菌のイネとの共生メカニズムを解明し、その働きを活性化する手法を開発します。この技術はCH₄削減だけなく、窒素肥料低減の効果も見込めます。

写真:実際の水田圃場に国内外の様々なイネを栽培し、クローズドチャンバ法という手法を用いてCH₄排出量の測定を行っています。
2021年度
常田岳志
Takeshi Tokida
農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域
主任研究員
三井久幸
Hisayuki Mitsui
東北大学
大学院生命科学研究科
准教授
◎ 研究分野
分子遺伝学
◎ 研究キーワード
植物共生アルファプロテオバクテリア
浅川晋
Susumu Asakawa
名古屋大学
大学院生命農学研究科
教授
◎ 研究分野
土壌微生物学
◎ 研究キーワード
水田土壌、メタン酸化細菌、メタン生成古細菌
佐藤修正
Shusei Sato
東北大学
大学院生命科学研究科
教授
◎ 研究分野
植物・微生物ゲノム解析
◎ 研究キーワード
共生ゲノミクス
松原一樹
Kazuki Matsubara
農業・食品産業技術総合研究機構
作物研究部門 ゲノム育種支援室
上級研究員
シェントン マシュー
Matthew Shenton
農業・食品産業技術総合研究機構
作物研究部門 作物デザイン研究領域 作物遺伝子機能評価グループ
上級研究員
堀清純
Kiyosumi Hori
農業・食品産業技術総合研究機構
作物研究部門 作物デザイン研究領域 作物遺伝子機能評価グループ
グループ長
橋本駿
Shun Hashimoto
東北大学
大学院生命科学研究科
特任助教
マ シュウベン
Ma Xuping
農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 革新的循環機能開発グループ
博士研究員
福嶋大智
Daichi Fukushima
農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 革新的循環機能開発グループ
契約研究員
◎ 研究分野
分析化学
◎ 研究キーワード
イネ、迅速評価法、安定同位体
新庄莉奈
Rina Shinjo
名古屋大学
大学院生命農学研究科
特任助教
河合翼
Tsubasa Kawai
農業・食品産業技術総合研究機構
作物研究部門 作物デザイン研究領域 作物デザイン開発グループ
博士研究員
◎ 研究分野
植物遺伝育種学
◎ 研究キーワード
イネ, 根系発育, 根による土壌酸化
大江史花
Fumika Oe
名古屋大学
大学院生命農学研究科
学生研究員(博士課程)
◎ 研究分野
土壌微生物
◎ 研究キーワード
メタン酸化細菌、イネ
Samuel Kimani
Samuel Munyaka Kimani
農業・食品産業技術総合研究機構
農業環境研究部門 気候変動緩和策研究領域 革新的循環機能開発グループ
契約研究員
◎ 研究分野
Bioproduction Science
◎ 研究キーワード
Rice, Greenhouse gas, Methane (CH₄), Climate change