植物-微生物相互作用と顕微鏡観察
生物学は、一般には、古代ギリシアのアリストテレスにより始まったとされています。初期の生物学の主な手法は観察であり、ヒトはもちろん、様々な動植物の特徴を詳しく観察して記述することが重要な活動でした。生物学とは、目に映る、ヒトを含めた身の回りの生物という存在の不思議さを探求するための学問だったとも言えるのではないでしょうか。このことは、逆に言えば、目に映らないものは扱うことができないことも意味します。それが如実に現れたのが、顕微鏡の発明による「微生物」や「細胞」の認識(発見)だったと言えます。
このプロジェクトで扱うN₂OおよびCH₄無害化微生物は有用微生物ですが、世の中には植物に病気を起こす病原微生物が数多く存在します。人類が農耕を始めて以来、農作物の病害に悩まされてきた記録が古くは旧約聖書などにも残されています。現在の我々にとっては当たり前の存在である細菌などの微生物ですが、顕微鏡発明前の人類にとっては認識さえされていない「存在しないもの」でした(その点で言えば、その見たこともない、存在さえ認識されていない微生物を経験的に利用して発酵食品を作り出した我々人類の祖先は非常に優れていたと言えるでしょう)。
原因となる病原微生物の存在を知り得ない世界、そしてそこでたびたび病害発生によって農作物が枯死して貴重な食糧が失われるという状況を想像してみてください。もしあなたがその世界に生きていたなら、その原因をどこに見つけようとするでしょうか?遥か昔の旧約聖書の時代以来、人々はそのような植物病害の発生を「神の怒りによる天罰」として捉え、祭事を催して貢物を準備するなどして「神の怒り」を鎮めようとしたそうです。現在では少し笑ってしまうような解決法かもしれませんが、我々もこのコロナ禍の2年ほどを振り返れば、正体不明の病原体が広まる怖さはよくわかると思います。原因がウィルスだと分かっていても非常に混乱した時間だったと思います。
そのような中、17世紀末にオランダのレーウェンフックが顕微鏡を発明し、微生物というものの存在を見出します。顕微鏡を使って見ることで初めてそのようなミクロの世界に生き物が存在することが明らかとなったのです。これは今でいうところのゲームチェンジングな発見だったに違いありません。しかし、微生物が農作物病害の原因になると明らかにされるのはそれからさらに100年以上経った19世紀中頃でした。これほど時間がかかったことにも驚きますが、生命の自然発生説が真剣に議論・検証されていたような時代です。微生物を「見る」ことがなければ、病原微生物が証明されるのはもっともっと遅かったかもしれません。このような植物病原微生物のみならず、現代の微生物に関係する全ての研究は、顕微鏡の開発による微生物の認識によって急速に進歩してきたと言えます。まさに「百聞は一見に如かず」です。
近年では、顕微鏡技術も急速に発展し、特に蛍光タンパク質など蛍光分子を用いて行うライブイメージングが盛んに行われ、生きたままの微生物の振る舞いを観察し、解析できるようになってきました。図1は一つの例ですが、同一の細菌からなるコロニー中にも関わらず、そのうちごく一部の細菌細胞のみが異なる遺伝子発現をしている様子(緑色の細胞)を捉えることにも成功しています(図1)。この例に限らず、さまざまな細菌種において、細菌集団は全て同じことをしているわけではなく、役割分担しているらしいということが明らかになりつつあります。こういった現象は、イメージング技術を用いることで非常に明確に可視化できますし、可視化することによって次にどんな解析をするべきかのヒントを与えてくれます。また、これら蛍光技術を用いると、植物側の細胞の状態も同様に捉えることが可能となります。このように、イメージング技術によって植物-微生物相互作用の理解が急速に深まりつつあります。
「微生物による地球冷却」を目指すこのプロジェクトでは、N₂OやCH₄といった温室効果ガスを無害化する能力を持つ微生物の有効利用を目指しています。これら微生物は、農作物の根の周りの土壌空間である根圏において、植物や土壌との相互作用により存在しています。しかし、これら微生物が土壌空間のどこに存在して、どのように農作物と相互作用を行なって根圏に定着するのか、そして、そこでどのようにして高い温室効果ガス削減効果を発揮するのかなど、それらの有効利用に向けて解明するべき点が多々あります。そのためにも、これら微生物を根圏においてありのまま可視化することが重要になります。微生物を可視化するのだから顕微鏡を、と言いたいところですが、実は土の中というのは光が通らない、顕微鏡で見えない世界です。課題II-4グループでは、この点を様々な創意工夫によって解決し、根圏における微生物の顕微鏡観察システムを立ち上げようとしています(図2)。見えない世界を見ようとする、我々グループの今後の進展にご期待ください!課題II-4詳細↗️