N₂O無害化と資源化の同時達成を目指す
土壌微生物と物質循環、気候変動
地球上で最も多くの微生物たちが暮らす環境はどこでしょう?それは、私たちのすぐ足元に広がる土壌です。わずか1グラムの土壌に10億から100億匹の微生物がいるとも推定されており、地球上全ての人類を足し合わせても100億人にも満たないことを踏まえると、いかに土壌中の微生物が途方もない生息数を誇ることがよくわかります。とは言え、肉眼で見えない生物が微生物なのですから、土壌は身近に感じても土壌微生物の存在感はとても希薄なものに感じることでしょう。ところが、灯台下暗しとはよく言ったもので、実は土壌微生物の中には自然生態系や人間社会を支える極めて大きな役割を担っているものがいます。他の課題でも説明がある通りマメ科作物の栽培には欠かせない根粒菌は代表例で、他にも放線菌は医薬品の原料になる抗生物質を作ってくれるものがいます。2015年にノーベル医学賞を受賞された大村先生も、土壌中の放線菌から画期的な抗線虫薬イベルメクチンを発見されました。そして、今まさに世界的に発生量の削減が求められている温室効果ガスN₂Oを消去する土壌微生物も知られております。
課題Ⅱ-3で着目する水田はそもそもN₂Oの発生量が少ないことが知られ、土壌中にN₂Oを消去する微生物が多く生息していると考えられてきました。実際に、水田土壌から様々な分類群のN₂O消去微生物が単離培養され、その活性や系統分類が明らかにされてきました。しかしながら、圧倒的多様性を誇る土壌微生物を前にして、既存の解析技術ではN₂O消去微生物群のすべてを特定するには限界がありました。
課題Ⅱ-3詳細↗️
この限界を突破するために、我々は土壌に含まれるDNAやRNAの塩基配列を網羅的に解読できるメタゲノム・メタトランスクリプトーム解析を行いました。その結果は衝撃的なもので、従来N₂O消去微生物として知られてきた微生物群ではない微生物群の方が大多数を占めていることが分かりました。その微生物群とは、これまで鉄還元細菌として知られてきたグループで、どの地域の水田土壌にも普遍的に豊富に存在していることもわかってきました。実際にその鉄還元細菌を単離してゲノム情報を調べてみると、N₂Oを消去できるだけでなく、最終的には植物の窒素栄養素に変換できる(N₂O固定)ポテンシャルがあることが分かりました。本課題では、この新規で魅力的な鉄還元細菌を中心として、N₂O固定を菌レベルから土壌レベルで解明し、そのN₂O固定能を最大限に引き出すべく、機能強化や有効利用方法に関する技術開発を行い、N₂O無害化と資源化の同時達成を目指します。